昭和42年11月20日 朝の御理解



 様々な、難儀の中に、取り越し苦労というのがあります。考えてみると、このくらい馬鹿らしいことはないです。先の先まで心配をする。どうなるじゃろうかと言うて、思うただけでも心が重くなる。まあだ、どうなるやら分りもしない事を、ほんとに、ころくする。昨日、一昨日ですか、あのう、二、三回参ってきておるんですけれど、田主丸のほうから、あの、大きな植木屋さんがあります。そこの、娘さん、息子さん、ちょっとこう、ノイローゼ気味で、ご両親が大変心配しておる。移り変わり連れて参られる。昨日、一昨日は、娘さんのほうを連れて参ってきておる。こうやって、話しておると、別に何でもないようですけども、ものを考え出すと、もう、仕事が手につかんように考えるらしいんですね。は、病気ですから。それはどういうところが心配になるのかと、私が聞いたところが、私も、どうせ、一遍な嫁入らなければなりませんと、こう言われる。ところが、現在その、弟達夫婦と、あんまり仲か良くないのである。私の嫁入り先に、あの弟達夫婦がやってくるなら、私たちの生活を脅かされるというわけなんです。ね。しかもほんなら、あの弟達には、今度は子供も出来るち言う話。それでそん子供までやってくるなら、どうするじゃろかと思うたら、もうそれが気になって気になってたまらんと言うんですよ。しかしね。そん、あんまり好きでない弟達夫婦がですね、自分たちが、自分がどっか嫁入れば、そこには、やっぱ(こう?)があります。それだけでも、よいけれどまた、それにはまた子供が出来るじゃろ。そん、子供までやってくるならどうするじゃろかと思うた位なんです。馬鹿のような話ですけどもですね。まあ、多かれ少なかれ、そういうような、やっぱし、取り越し苦労を、お互いがしておるのじゃないだろうかと。先の先まで考える。ね。そして、その暗澹たる、とても真っ暗い、その、心というか、性格というか、焦燥して、その毎日を過ごさねばならないというほど、引き合うた?事はないのですけども、と言ってまあ、世の中には、楽天家というのがありますよね。いっこう気にしない。ま、どげんかなりますがのち、言うごたる風のその、あり方の人もありますけれども、それも、どうかとこう思います。
昨日、西久留米教会の御大祭でした。午後から、私、それから若先生が祭員でおかげを頂きました。それであの、総代さんが久富さん、それから、信徒会長秋永先生が、おかげを頂いた。高橋さんの車でおかげを頂いた。行きがけは、久富正樹さんが迎えに来なはったから、善導寺の親先生も同道であちらへ参りました。それで、あちらで、まあ、色々、先生方のお話を、まあ、頂かせて頂いたんですけれども。本当にその、どの先生方でも、やっぱり、道を開くというからには、それぞれの難儀があっとる。苦労があっとる。ね。それこそ、一人の信者もいないところから、段々、二十年、三十年経って行くうちに、ああした立派な教会が生まれる。立派な、信者の方も出来られて、やっぱりその、それぞれに立ち行きが出来ておられるぐらいなんです。はじめの間は、まあ、それこそ、取り越し苦労でもするならば、もう、御道の先生、御道の、布教ぐらい、まあ、心配するなら心配なることはなかろうと思う、何故かというとその、さあ、御参りがなからにゃ、どうするじゃろかと。というて、ほんなら、お導きをしてもらうと言う事すら出来ない。畳半畳、ここの御結界に、座りぬかせて頂いて、尋ね求めてくるところの、難儀な氏子を、お取次ぎ助けていく。そこから、道が開けてくるというんですから、考えたら、もう本当にきりがない。ね。此の方の道は傘一本で開ける道と仰せられるから、ね。おかげで、開けるじゃろうと思うけれども、その事を思うたら、ほんとに私は、暗澹たるものがあるだろうと思うけれども、その御道の先生方の場合なんかもですね、それを、敢然として、乗り越えて、それぞれの難儀、それぞれの苦労を克服して、今日に至っておられる先生方ばっかりです。あの、なかに旗崎なんかの、今の、現在、久留米地区では、ああいう旗崎辺りが一番、ゴヒレイが立っておる教会でございましょう。私共、知っておる限りだけでも、そこへ、何十年間、旗崎の堤の前にありました地盤あたりなんかは、もうほんとにそれは、もう、ささやかな教会でございましてね。もう、ご夫婦、子供さんもおられませんなかに、夫婦が一生懸命、布教しておられた。それから、先生が亡くなられて、奥様が一人になられた。そのころから、その、ゴヒレイが立ちだしたんですね。そして、現在の旗崎教会がある。いま、久留米地区では一番、ゴヒレイが立っておるだろうといわれる、その、教会でございますですがですね。その、先の分でも苦労さして苦労、その、心配したら、もう、こげん苦になることはないのだけれども、必ずおかげになる、必ず道は開けると、その信念。でなからなければ、とても出来ることじゃなかった。ね。昨夜も、合楽からと言うてございましたから、丁度、秋永先生、高橋さんも見えておりましたから、一緒に参加してもらいました。秋永先生のお話を頂いて、いつも、夜の十二時まで、もう時間が足りないくらいに、一生懸命そのお話をされる中に、久富繁雄さんも、一緒でございましたから、あの、お話をなさいます。お話を聞いておりましてから、やっぱ、それぞれのその、信心性格が出て、もう私共のように、まあ、どっちかち言うなら、秋永先生でも、私共の話でも、いわゆる、あの、もっとらっとした話は出来ませんけれども、繁雄さんあたりの話を聞いとる時、実に、もっとらっと話をしなさいます。もう、相当長い時間をかけて、自分が入信の時分のことから、ずーっとこう話しになる。当時、私のほうは十六人の家族でございましたというような話からでしたがね。いや、夫婦はね、ほんとにその時分のことを思うてですね、さあ、弟はどこに、あのー、家の中の事をせんならんと思うただけでもそうした話ですけれども、信心させて頂くようにならせて頂いたらです、ね。おかげで、おかげで、道を開かせて、じゃないですけれども、おかげで、その道が開けるという根本的に、そこんところを、使わせていただいたら、後が楽だったと、こういう事を話しておられます。だから、その神様を掴むまでが大変でございましたと言うてある。その神様を、色々な難儀の中からです、ほんとにつかませて頂いた時の、いうなら、苦労談といった話をしておられます。その神様を掴ませて頂きましたらです、後は楽でしたと言う事です。ね。なるほど、久富さん一家のことを考えましてもです、本当に、お父さん達が、今の勇さん達ですね、それから、洋服屋しておられる方達やらが、一緒におられた。お父さん方が、まあ、ご夫婦、健康でしたから、四夫婦おんなさった。けれども、段々、おかげを頂いてから、それぞれに分かれるところは分かれる、して行かれる内に、段々な道が開けてまいりましたから、今日に至っておる。娘さんたちも二人、ほんとに勿体ないようなところに縁につけられ、長男の國男さんも、今度、中西さんの仲人で、ほんとに、思いもかけないような、よい嫁を頂いてというお話をしておられました。ね。確かにその、別に、信心させて頂くようになって、家が立派になったとか、蔵がたったというような事はないのでございますけれどもです、もう、そん時そん時に道が開けていく。さあ、娘が貰われるから、なら、その嫁入り着はどうかと、わざわざ特別に、その嫁入り着んの支度がしてあるわけじゃないのでございますけれどもです。神様におすがりをさせて頂いておると、そこから、何とはなしに道が開ける。第一、私のほうの娘達が、嫁入り、久留米の人どん嫁ば貰うて、別にその、敷居が、あーその、つどうしたわけじゃないのでございますけれども、その頃になると、必ず、もう必ずと言うてよいほどに、野菜が高くなるそうです。えらい野菜がこの頃高かね。もう、ごろごろ田舎にゃ貯まるねと言いよっと、金が、ちゃっとその、金入りのための金を神様が準備してくださる。この調子で行くのでございますから、先は安心だと、こういいます。それだけが良いのじゃない、例えば、今日、例えば、百円のその日暮らしが、ま、ほんとに有難く、ありがたく出来ておるとするならです、その信心が育ってさえいきゃ、この信心が育ってさえいきゃ、五百円のその日暮もできるようになる、千円のその日暮も出来るようになると言う事が、いわば、確信付けられてくる。いわゆる、握るものを握ったら、それがそう、信じられるようになってきたという意味の話をしておられます。素晴らしいですね。今、信心させていただいて、何年になりますが、おかげで、家が立派な家になりました。蔵が建ちました。というようなことではないのですけれども、ね。そん時がそん時に応じて、ちゃっと円満になる気で御道が開けるんだという、その確信を持って、日々、信心生活させていただいておれば、おかげを頂きますという。ね。それならどこでも、その、神様を先ず、握らせていただく。この神様は、こういう働きを下さる神様であるという事を分からせて頂いたら、取り越し苦労をせんですむというのである。私は、本当に、素晴らしいことだな、信心生活と言うのは、そこが大事だと。それが有難いのだと。先の先まで、さあ、こげんして娘どんが、ぼろぼろおるが、息子はこげんしておるが、さあ、嫁ご貰う時にはどげんなるじゃろか、やる時には、どげんなるじゃろかというて、苦労して。ね。そうして、ほんならば、なるほどその、子供達の為に、一生懸命、それこそ、食べるものも食べんようにして働いて、そして、資金を作って、ようよ、一人片付けたら、また次のつがある。また、苦労してから、一生懸命働かんならん。なるほど、働きそのものには変わりはなくても、働きようが違う。なるほど、此の方の道は、傘一本で開ける道と言う事はです、必ずしも、これはその、教会なら教会布教だけの事ではないと言う事。お互いが、信心生活の上においても同じことが言えれる。現在、どのようなとこを通っておっても、必ずおかげになると、確信して、生活が出来る。しかもそれが、開けていけれると言う事なんです。神様を頂くと言う事は、どういう事かと言うとです。この神様におすがりさせて頂いてさえおきゃ、大丈夫という安心なんです。ね。此の方の道は、傘一本で開ける道と仰るが、その、安心という傘を持ってさえおれば、大丈夫だと言う事。さあ、お天気を伺っていくが、途中で降り出しどんせんじゃろかといったような事は、無くなってくるわけなんです、傘を持っていくから。ね。それこそ、お天気のカンカンしとったっちゃ、取り越し苦労をする人は、途中で曇りでんせんじゃろか、降りどんせんじゃろかと言うて、心配しておるような、様なことがありはせんじゃろか。
昨日、一昨日私が、お届けさせていただいた、ほんとに極端な話ですけども、それに良く似た苦労を、お多義がしておるのじゃなかろうか。先の先まで苦労して、先のほうが真っ暗になる。思うただけでも仕事が手につかんようになる。とまではいかんにしてもです、やはり、心配苦労させていただいて、何にもならない苦労に取り組んでおるといったような事はなかろうか。苦労に取り組まずに、神様に取り組む。そこから生まれてくるところの、修行生の言葉を借りるならです、ね。神様実在を把握すると言う事。神様の働きというものは、しっかり握ると言う事。ね。神様の働きをにぎるということが、先ず、大事です。それは様々な難儀の中からです、なるほど、神様の働きというのは、この世にあるんだという。自分の家族の中に、次々と病人が出来た時の話しをしておられます。おすがりをしておきゃ、おかげが頂けれると。という風に話しておられましたがですね。そのなかから私はそれを感じたです。なるほど、信心生活とは有難いなと。ただ、信心しておりますが、何十年続いたんじゃ出けん。握るものをしっかり握ってと、ね。言うなら、一本の傘に頼って生活はして行く。どこ行くときでも、傘はもっとる。どこ行くときでも、神様は何時も頂いておる。だから、大丈夫だ。曇ってきても不安がない。降ってきても濡れんですむ。この安心が、素晴らしいのです。神様のおかげで、道は開くのだと。生身の凡夫のことであるから、ね。なかなか難しい。下から上に水を引くようにおはな難しいようなこともあるけれども、神様におすがりさせて頂いていけば、どのような道でも、必ず開けるという、私は、確信を持っての生活。いわゆる、取り越し苦労をせんで済むところの生活。そういう生活が、出来れるおかげを頂きたいと思うのです。ね。それには、先ず、ほんとに神様を、先ず握らなければいけない。ね。なるほど、只今は難儀、ただいま、困ったことがある。けれども、この難儀でも、この問題でもです、必ず、神様にお願いをしていきゃ開けるという確信。いわゆる、神様のおかげで道を開くものと言う事なんです。考えたら、とてもきりがないのだけれどもです、神様のおかげで道が開ける、神様のおかげで道を開かせて頂くのだというところを、私共が、分からせて頂いたら、ね。取り越し苦労せんで済むところの生活。現実の問題というものがありましてもです、そこんところを、実意丁寧神信心さえさしていただいておれば、必ずおかげになるという確信が生まれてくる。その、確信を持っての生活。そういう生活が、本当の信心生活だと思う。取り越し苦労のない生活。もう、取り越し苦労というのは、言うならば、それこそ、馬鹿のごたるものなんです。後から考えてみると。ね。けれども、現に、例えば、今日私は、昨日、先生方の話を聞きながら、何十年経って行くうちには、みんなで、それぞれ、やはり、信者一同から、親先生、親先生と立てられ、しかも、思いもかけないような、お広前が建立が出来たり、道が開けたり、ほんとにそれは、何十年前のこと思うたら、暗澹たるものであったろうけれどもです、そこんところを苦労なし、神様のおかげで道を開かせていただいたという、その先生方の姿を見ながらです、なるほど、心配は要らんなあと、こう思うのです。ね。私共は、そういう神様を頂いておるのでございますから、ね。その神様を頂いておることを、本当に、私共が、それこそ、繁雄さんじゃないけれども、ね。そこんところを、神の実在を把握する。なにか難しい言葉を使うておられました。ね。神様の働きを、本当に、自分の手で握る。その握るまでが、ただし苦労だと、こういう事を言うておられます。信心させて頂くようになって、一年、二年間というのは、その、神様を握るために、難儀な問題、ね。様々な問題があった。病気があった。様々な苦労があったけれども、そこを通りぬかせていただくようにならせて頂いたら、私共夫婦からでけではない、両親も帰依してくれるようになり、兄弟達も信心してくれるようになり、子供達もおかげ頂いてくれるようになり、しかもそれが、それぞれに道を付けてくださって、おかげをいただいていくことが出来るようになった。先ず、なんと言うても、神様の働きと言うものを、こういう神様であるという事を、握るまでが大事。皆さん、どうでも、その神様を本気で、一つ分らせてもらい。本気で握らせて頂くところまでは、信心は進めねばいけんというような話をです、しかも、まったりとその話されるんですよね。もう私は、素晴らしいなあと思うて聞きました。ね。昨日、合楽からの人たちも、そういう思いがけない先生方やら、その、総代さんたちのお話を昨日、頂いて大変喜んで、まあ、散会されたわけでございますけれどもですね。そういう私は、話を出来るくらいな信心をお互い頂きたいですね。心配いりませんよち、神様にお育て頂きよるときは、見ちゃ頂きますよ、と、人に言わんで、自分もそれが頂けれる信心を頂きたいですね。どうぞ。


中村良一
2005年4月13日